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ローズ・ふくおか アーカイブス 1989-7「誰が為にバラは咲く」

誰が為にバラは咲く   山本 以和彦
平成元年/1989 No.5 掲載

 雑草が生い茂った庭の乱雑さに呆れ果て、少しは見映えを良くするかと、バラを植えだしたのが間違いであった。 どこでどう舵取を誤ったのか、今ではすっかりバラに魅了され、狭い庭はバラ、バラになってしまった。これだけバラが多くなると、かえって見苦しくなったような気もするが、美しい花がたくさん咲くのがせめてもの救いである。

 花が咲けばコンテストに出品し、自分の栽培技術の水準を知りたくなる。一番身近なコンテストはもちろん福岡ばら展であるが、会員のレベルが高くて追いつくのに苦労する。時には天賞を獲得するので、ベテランの芸域に既に追いついたか、あるいはたとえ差があるにしても、ほんの微差にすぎないと思うこともある。しかし、冷静に判断すれば、そのわずかな差をつめることが途方もなくむずかしいことは容易にわかる。福岡には実に端倪すベからざる才腕の持主のバラ作り名人がいる。

 我が家では天候まかせの露地栽培。コンテストが間近になると、『風よ吹くな、雨よ降るな、花よタイミングよく咲け』などとまったく虫のよいことばかり考え、実に滑稽であるが、虎視眈々とカップを狙っている。相手は百戦錬磨の達人ばかり。まず手始めに、勝つためには少しでも情報と研究会に出席する。しかし、「調子は」と尋ねたところで「悪い、悪い」と青二才は相手にしてく れぬ。既に前哨戦は始っている。私も鍛えられ、最近で は「最悪」と会員に返答するまでに成長した。

 コンテスト当日には満を持した会員が自信満々でばら展会場の玉屋に集まってくる。余裕たっぷりの人もいれば、怖いもの知らずの暴れ獅子もいる。この時期に及んでも『ダメ、ダメ』ととぼける人もいる。まことに面白い人間模様である。 締切り前の舞台裏は狐と狸の化かしあい。 ダメ、ダメの人からウルトラD級の隠し玉が飛びだし、一方では化粧の名人がいかんなくその実力を発揮し、あれよあれよと思うまに超一級品の出品花に仕立てあげる。舞台裏で一人前になるには相当年期がかかる。

 今日こそは今までの無念をはらさんと、勇んで舞台裏に臨んだものの、半人前の当方はただおろおろするばかり。見るに見兼ねて、強力な助っ人がおでまし。めでたく化粧も整い、晴れ舞台へ出陣。名人と勝負、勝負と気負えどまたもや返り討ち。てな具合にことが運べば本望。 苦労してバラを作った甲斐があるというものだ。

 バラを作って一番がっかりすること、それはコンテストに出品可能な花がないことである。我が家では、春は概ねバラ展が終了した翌日から一斉に咲きだし、秋は皮肉にもコンテストの前後に咲く。仕事の都合でコンテ スト不可能ならば少しは諦めもつくが、タイミング違いで返り討ちにあう機会もないとは残念至極。バラ展の終了した翌朝、出勤前の慌しいひととき、窓越しにバラを眺める。憎らしいほど花が多く咲いている光景にこれまで何度出くわしたことか。せめて日曜日に咲いてくれればと出るのは愚痴ばかり。一方、横にいる家内はにやにやと上機嫌。「花が咲いているよ、暇なら取りにおいでよ」などと友人にかける電話の言葉を思い巡しているのだろうか。彼女は家にバラを飾るより、 人に差し上げる方が大好きだ。ばら展期間中はさすがに自粛しているが、バラ畑で大活躍する時期になったようだ。「もうやっていいぞ」の言葉がでるのを今か今かと待っている。連絡をうけた友人達、喜んで訪ねてくるとか。次の日曜日まで花が残っていたら、必らず誰かが訪ねてくる。挨拶がてら、しばし相手をする。

 とても美しい花ですね」と賞賛の声。「いや、それ 程でもありません、これでよろしければお好みの花をどうぞ」と嬉しくなって相槌を打つ。先方、申し訳なさそうに遠慮がちに、今にもパンクしそうな花を指差して 「これで結構ですから」と小さい声でつぶやく。初対面の場合には大体このように話が進む。見頃の美しい花があるのは先刻ご承知のはず。遠方より訪れた女房の大事な友人、「遠慮なさらずにどうぞ」といっては美しい花を気前よく差し上げる。気心の良く知れた友人が訪ねてきては「こんな美しい花やりたくないでしょう」などと神経を逆なでするようなせりふをはき、素晴しい「あけぼの」を手に帰宅する。友人達が、バラをこよなく愛し、我が家からのバラ便りを楽しみに待っているのは日頃の言動から十分に分っているだけに、ばら展の期間以外は喜んで差し上げることにしている。しかし、コンテストでは無残な結果に終り、友人に差し上げる時になってほれぼれするような花が咲くと、心の中では「誰がために花は咲く」などと悔しい想いをしながら、にこにこして友人に差し上げている。友人達もさすがで、私の心中を察してか、次のような感謝状を贈って慰めてくれる。持 つべきはバラを作らぬバラ友達か。

感謝状

山本 以和彦殿
山本 百合子殿

毎日多大の労力と時間をかけ丹精こめられた素晴しい薔薇の数々を、コンクール出品をあきらめて例年当会員宅に展示下さる貴方の溢れる愛情を讃え感謝をこめてここに本状を贈ると共に、更にこの薔薇の輪が連なり豊かに咲きほこらん事を望みます。

昭和○年○月○日

薔薇盗人財団

○、○某
○、○某
○、○某

(注) ○某とは3組の友人夫婦の名が記されている。