ドルチェビータのこと 太田 嘉一郎
昭和60年/1985 掲載
会誌ローズ・フクオカを編集しているとき瓜生さんの原稿を拝見してゆくうちにドルチェビータのことに触れられていたのを拝読して昭和46年11月にばらのメッカとも称されているパリの郊外ブローニュの森のバガテル公園に行ったときのことを思い出します。11月と言えば ヨーロッパでは寒く、それでもオーバーを着ている人は 少なかった様ですが有名なシャンゼリゼの通りには街路樹に早々とクリスマスの電飾が施こされいたく旅情を慰められたものです。
その年から数年に亘って数回ヨーロッパに行きましたが西ドイツ、デンマーク、オランダ、ベルギー、イタリー、スイス、英国と方々の国を廻るときでも本拠をフランスのパリに置いて必ず1回はバガテルを訪れることを楽しみにしていました。しかし、訪欧の 時期が仕事の都合上常に9月から11月の間でばらの時期を外れていたのはかえすがえす残念な事でした。
最初にバガテルを訪れたのは季節柄初冬の小春日和とでも云った暖い日でした。パリにはマロニエの並木が多くそれも亭々とした大木で栗に似た実が沢山落ちていて勿論バガテル公園の中にもあちこちに沢山落ちていました。 公園の中は広くて勿論ばらが主体ですが奥の方には睡蓮の池やクレマチスの試作場やダリヤのそれらしいのもあってやはり新種のテストをしているのでしょう。尤も睡蓮の池やダリヤ、クレマチスは最初のときは気が付かなかったのですが二回目の時は九月だったこと、バガテルにも馴れてきたのでそれを発見したのです。 ばら園は左右対照の純ヨーロッパ風の庭園でばらだけでも80年余りの歴史があるだけに奇麗に手入れされていて試作畠と云うものではなく正に超一流の名園そのものと云ったところです。まだばらは可成り咲いていて本年の試作苗と昨年のとに分けられ芝生の周辺に品種毎に5本宛まとめて植えられていて各々試作番号が付いていました。芝生の真中にはかっての金賞に輝いた品種やスタンダードが植えられて庭の芝生の斜面にはFL種やmin種等がところどころに数本宛植えられてあり、芝生とばらの対照が素晴らしく良くて、我国のばら園が福山市のばら公苑にしろ谷津遊園のばら園にしろ所狭しと植えてあるに比べ、ゆったりとした空間の芝生との調和が実に良く夢を見ている様でした。9月のシーズンオフで此のくらいですから春の最盛期には如何ばかりであろうかと思われてなりませんでした。
庭園の入った真正面には低い量半帖ほどの石に何かラテン語かも判りませんが文字が描かれ石の周囲にはとり囲む様にスタリナがびっしり植えられていてスタリナの朱赤に囲まれた黒い石の対照が一際美しかったことを覚えています。その中にドルチェ・ ビータがあったのです。もう11月に入ってからのこととて他に良い花は咲いていずに只1本だけ高芯剣弁に咲いているのに目を奪われ近よって見ると Dolce Vita と云う名札が付いていたのです。伝統的にバガテルでは過去の入賞花や有名な美しい品種をスタンダダード等に接いで芝生の中に育ている様で、ドルチェビータもそれに叶った品種でしょう。日本の品種はないかと探しましたが片隅に、“かがやき”が植えられているのを発見してホッとしました。
最初のときでもあり興奮した私はフィルムを三本も撮りつくして半日近くも公園の中にいまし た。帰りのタクシーに困っていた所初老の私よりも幾らか若いフランス人の紳士が其の娘さんらしいのと矢張りバガテルの花を鑑賞していましたが其の方が親切に自分の車でパリの市内まで送ってくれて車中でいろいろと話が出て小生も些か実生育種をやっていて近い将来バガテルに出品したいと思うと云うと、どうか良い賞をとられることを祈りますと愛想の良い返事が返って来ましたが冬枯れのバガテルのばらを見に来る等、彼は相当のばら好きだった様です。
帰国後伊丹ばら園の寺西致知関西支部長にその話をしましたところ先刻御承知でウチでも来春から売出すとのこと、聞けばその年(71年)のJRCの銀賞を受賞したとのことでした。因に一等金賞は皆様御存知のランドラで私は関西の藤岡友宏さんと前の年試作場を見学したとき見ている筈ですがランドラは記憶にあってもドルチェ・ ビータは記憶にないのです。ドルチェ・ビータはフラン スのG.Delbard氏の作でうすい朱色で、尤も私がバカテルで見たのはいくらかサーモン色を帯びていた様に記憶するのですが長大なステムと大きな株立となり毎年秋の剪定は思切って深く剪定しないとビニールを張ったとき天井につかえるほどの健康優良児です。しかし花色がもう一つはっきりしないのとステムが長大な割には花径が小さいこともあってあまりもてはやされるばらではないらしく著名なばら屋さんのカタログからは既に名前が消えているところも多い有様です。私の所でも庭の一番良 い場所を占めているので勿体なくて何度か抜き去る計画はしていてもいざとなると其の成長振りと花色は免も角も整った花型に引かれて最近は専ら交配親に利用しています。福岡では小林さんが時々良いのを出品されていますが一本花では貫録に欠ける点があって、あくまでも組花として利用した方が良いのではないでしょうか。