第2軍のバラたち 甲斐 惟幸
昭和60年/1985 掲載
私の勤めている学校は山麓の北斜面を造成して建てた所なので、研究室の前庭は南に面し日当りもよい。建物に沿って幅15m程の細長い庭である。所々に植え込まれた楠は夏に強い日差しをさえぎってくれる。庭の奥は50〜60cmの石垣を境にゆるやかな草地の斜面になっている。 その斜面を西から東に向かってなだらかな歩道が横切っ いる。その歩道の向う側斜面には久留米つつじ、沈丁花、山ゆりなどが植えられている。またかなり大きくなった桜も2本あって春は賑かに咲いてくれる。 この草地の斜面の奥は稜線を越えて杉と松の混合林が続いている。冬から春にかけてはこじゅけいの気ぜわしい鳴き声が、また春はうぐいす、初夏にはほとぎすのきれいな声も聞かれるのどかな環境である。いささか前置きが長くなったが、こが次の述べる第2軍のバラの住家である。
この前庭の片隅(石垣の手前)に2本のバラが植えられている。助手の人が植えたものである。花、枝ばりからしてクインエリザベスであろう。春には2、3本の花を持っが、秋に咲いているのを見た記憶はない。樹勢のあまりよくないバラである。
5年程前のことである。わが家の狭い庭を整理したら 10本のバラがはみ出ることになった。そこで思い付いたのが学校の庭のクインエリザベスの仲間を増やすことであった。学校当局に相談した処、自由に植込んで結構だという許可を得たので早速穴堀りにかかった。石垣の手前1m、クインエリザベスに並べて間隔は充分に取り180〜200cm、一列とした。将来はこの間にもう一本づ植込みたい魂胆からである。直径50cm、深さ30cm程度を目標にした。固い地面を学校のおんぼろスコップと手鍬で掘るのであるから余り丁寧なことは出来ない。掘り上げた土は固く、全く肥料気もない。堆肥の準備もしていない。 そこで向斜面の杉松林から柔かい肥沃土を持ってくることにした。ポリバケツ3杯づつ入れてやった。大変な労力であり助手の人も手伝ってくれた。
次は移植の準備である。古い木6〜7年生、若いもので3〜4年生の成木である。できるだけ軽くするために思い切って主幹だけにし根も直径20~30cmに切りつめた。手荒い処理である。2、3本づつを束ねて助手の人に車で運んでもらった。植付けたのは1月の中旬頃であったと思う。枯れずに芽ぶいてくれることを念願した。不思議なものである。多少遅れはしたが、全部新芽をふいた。古い主幹からも芽を出した。初年度であるから余り丈夫 な枝にはならなかったが、クキバチにもやられず、黒点病にもかからず、まずまずの花を咲かせた。
はみ出しの第2軍といっても、れっきとしたコンテストにも出せる品種である。ロイヤルハイネス、レッドラ イオン、ガーデンパーティー、パパメイヤン、天津乙女、 けごん、ピース、スーパースター、サマーサンシャイン、 コンフィダンスである。
植付けては見たものの何とかして土作りを考えねばな らない。周りには草地がある。そして4〜5月には楠が葉を落して新緑となる。刈った枯れ草も落葉も用務員さん達が集めて燃やしてしまうのが慣しであるが、これをバラの周りにマルチングしてもらった。樟脳分で多少薬害が出るかと心配したが、それは危惧に終り問題はなか った。そして夏がすぎ秋バラに備えて追肥しようとマルチングを剥いで見た処、下の方はもうかなり腐熟していた。そして驚いたことには地面一杯に放射状に褐色の根 が広がっていた。直径70〜80cmに及んでいる。バラの生きる根強さに感服した。土かけするのも大変だったのでじかに配合肥料とダイシストンを撤いて再び枯れ葉でマ ルチングしてやった。消毒回数が少なかったので多少黒点病が出たが秋バラも普通に咲いた。
翌年の2月は樹勢を考えて弱剪定にした。基肥は腐熟の枯葉を埋め込んで配合肥料を主体に施した。芽立ちも普通で5月にはかなりの花を持った。そして驚いたことには移植したすべての木から元気なシュートを出してきた。老木と思っていただけによくぞこれ程に蘇るエネルギーを持っていたものだと改めて感激した。新しい土、充分な間隔はせこましいわが家の庭での歳月に比べれ ば大きな環境の変化であったには違いない。先住のクイ ンエリザベスの生長とも目覚ましく女王の名にふさわし い立派な花を着けた。
学校での消毒、施肥は大変である。放課後、作業服に着替え消毒薬の配合、撒布、後かたづけ、施肥の際はマルチングを剥ぎ配合肥料と防虫剤を撒き再びマルチング と結構時間がかかる。
3年目辺りからいきおい消毒を施肥もおろそかになってきた。春の一番花はまあまあであるが二番花の頃には黒点病が出始める。7、8月の夏休には出校するのも時折なので手入れは益々うとくなってくる。こうなるとバラも次第に葉を落してくる。
昨年の9月上旬の剪定時には葉をほとんど落していた。どんな再生の仕方をするか観察した。消毒は7~10日毎にきちんとしてやった。新芽は春芽と同じように立派に生育した。多少花の時期はおくれたが結構立派に咲いた。 バラの再生力は強いものである。今年は2月の剪定時に施肥してやったきりである。消 毒も4~6月に月1回程度の誠にお粗末な付合であった。 9月には剪定してやっただけである。でもそれなりの枝を出してまあまあの花を持った。いまだに咲いているものもある。
バラの生命力は実に強いものである。第2軍のバラたちのたくましさをまざまざと感じさせられたこの1、2年である。
来年は充分に肥料も消毒も施してやろう。そして空地にさらに仲間を増やしてやろうと考えているこの頃である。