夢の又夢 松岡 初義
平成元年/1989 No.5 掲載
バラを栽培して10年余りになるが、いまだに人前に出せるような花が作れない。周囲の大先輩の方々のバラ園を覗く機会は多いので、真似してみても、いっこうによい花は咲いてくれない。何年も後から会に入った人たちに先を越されて残念でならない。
どうしてこんなになったか思い当たることが山ほどある。そしてその対策も考えられることは、いろいろとやってみた。畑の土の中に握り拳ほどもある大きな石ころがかなりあったので金網で篩って取り除いた。これはかなりの重労働で、さして広くもないのに1年余りもかかった。肥料分も少ないのではと、入手できるものは土中によく混ぜて多めに施しもした。夏など雨が少なくて日照りが続くと、給水施設も作り、せっせと水をかけた。しかしバラはよい花を咲かせてはくれない。もっとも誰もが心配している病気や害虫も随分気を遣って、予防を主体に手後れにならぬよう努めたが、病気は一旦広がる と手に負えなくなることが多かった。
バラの手入れをする閑が十分あることも多いのだが、 反対に1ヵ月近く全くないことも縷々である。台木の芽が伸びているのを見ながらそれを摘みとることもできないことなどが時たまある。これではだめかなと思うこともあるが、バラ作りをやめる気にはなれない。
最初バラ作りをはじめた頃は、バラの間隔は1.2mに決めていた。ところが畑が狭く、バラを植込む場所がないので、その中間に植えた。次第にバラの数が増えそれもいっぱいになると、またその間に割込ませる。気がついてみるとバラの定員10本余りのところに、100本余りも植込んでいた。それにグラジオラスだのフリージャーだの菊だのといった「雑草」を隙間なく植込んでいた。こんな超密植では、よい花が咲く筈がないことに気付いたのは2年余り前のこと。先ず「雑草」をそれまでの5分の1ほどに減らした。これは割合容易にできたが、バラを10分の1以下に減らすのはなかなか骨が折れた。名もわからぬバラも多い。小さな苗でもよい花が咲くのもある。 先輩の方々から載いたよいバラもある。いろいろ考えて半数ほどまではあまり日数もかからず減らせたが、その後は随分と日数がかかり、去年のはじめに大決心をしてと言っても心を鬼にして1本1本のバラに詫びながら、 悲しい思いをして予定どおりに減らした。
その堀り起こしのとき気付いたことであるが、どうも根があまり付いていない。禿びた筆のように、短いのがほんの少し付いているだけ。これはきっと化学肥料のやり過ぎのようである。バラを植込む度に肥料をやる。 グラジオラスを間に植える時にも、フリージャーを植える時にも、夫々よい花を咲かせてくれるように施した。それで球根は大きなものがとれ、花も大きなものが咲いたが、バラはなかなかそううまくはいかない。夏の水やりもあまり可愛いがり過ぎて毎日水やりをしたので、根腐れしたのかもしれぬ。で、これからは当分、水もやらぬ。 肥料もやらぬ。バラが自分の持っている力でよい花を咲かせてほしいと思っている。もうひとつ、バラの株数を 10分の1以下に減らしたことで病害も虫害もずっと減っ た。発生が減ったので、薬剤の散布作業も随分と楽になった。これは思いもよらぬ幸いなことであった。
ところでバラは他の植物にくらべて、病害や虫害を受けやすい。特にバラの台木であるノバラは殊の外、病害や虫害に弱いようである。台木用のノバラを数株庭の隅の方に植えているが、いつもそれが病気になってから普通のバラが病気にかかる。近頃よく山や野原を歩くことが多いが、そうした原野のノバラが目につく。ウドンコ病にかかり白く弱々しいノバラをよく見かける。こんな台木に接いだのでは、病気に罹りやすいのは当然であろ う。そこでノバラ以外の台木に接いでみてはどうかと実験している。と言っても木に竹を接いでいるわけではない。バラ科の植物の中に台木となる種類の木がある筈で あると信じてやっている。
先ず目をつけたのがウメ。庭にたった1本しかないがもう40年近くなる大きなウメの木である。毎年小梅が50㎏近くとれる。果物のとれる木には、すっとまっすぐに伸びる大きな枝がよくできる。バラで言えばシュートであ るが、バラとは世界が違い邪魔者扱いされる。この枝には果物はならないから切って捨てる。これを徒長枝といい、毎年100本近くできる。バラの接木を習いはじめた頃 バラの台木の不足で困り、このウメの徒長枝に目をつけ、すぐ下の小屋のトタン屋根に上り、せっせとバラを接いで練習した。太さが同じくらいあつて練習し易かったからである。はじめすぐ枯死するのかと思っていたが案外 生きている。 2週間ぐらいは生きていたようであるが、それから次第に活力を失っていった。これは多分台木の方が異分子に気付いて穂木の方に栄養を送らなくなったせいだと思っていた。これは普通のバラにもよくあるこ とである。台木の芽が伸びてくると穂木はどんなに大きくなっていても、次第に勢力を失って枯死してしまう。だからバラは台木の目を丹念に摘みとらねばならない。
かと言って大きなウメの木の芽を悉く摘みとるわけにはいかない。近くにノウメがあるのでそれを挿木し台木を作りこれにバラを接木してみた。これでもやはり2週間は生きていた。だんだん接いでいるうち4週間ぐらいになった。それも1本だけでなくその時接いだ数本の殆どがである。だから嬉しくなって実験はやめられない。
バラにしても、ノウメにしても、お互に異分子であることは承知していながら、助けあって生きていかなければ小さな1本の台木、1本の穂木であればそれ以外に生きていく道がないので不承不承お互にくっついてしまうのかもしれぬ。丁度仲のよくない夫婦のように。バラもどんなに上手に接いでも、その時期を外れるとうまくいかない。ノウメの台木にバラを接ぐとなると、これも時期があるのかもしれぬ。もしこれがうまくいけば、バラに多い根頭癌腫病も黒点病もうどんこ病もずっと減るだろう。何よりも期待していることは大木になること。きっと4mから5mもの高さになるだろう。そうなれば我が家などバラの定員は1本か2本ということになり、品種は何を選ぶかまた頭が痛む。これがこの正月にみた夢のまた夢である。
大木といえばサクラもそうでバラ科だという。サクラにも接木できるわけだ。サクラの花より綺麗なバラを接いでやればサクラの台木も喜ぶに違いない。そう考えると西公園のサクラの林の中でバラを咲かせている御仁が羨ましくてならない。